特徴

シンプルで誰でもできる

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 タッピングタッチはとても簡単です。特別の技術や力はいりませんから、年齢も関係なく、誰でも学べて楽しくしあうことができます。

 私の経験では、3才くらいの子供でもすぐに真似てすることができます。動きが簡単なので、視覚、身体、知能などの障害も壁になりません。海外でも紹介していますが、言葉が通じなくても、みんな楽しくしあうことができます。

 その他、日本では高齢化と介護に関する課題は多いですが、タッピングタッチは高齢の方たちにも最適です。良い運動にもなるし、良い人間関係をつくる手伝いにもなるでしょう。いつも人の世話になったり、負担になっている気持ちが大きくなると、とても辛いものですが、タッピングタッチで回りの人を元気にしてあげることもできるのです。このため、タッピングタッチは介護施設や高齢者の集いなどでも活用されています。

してもらいやすい

 気持ちが重かったり、体がつらかったりするとき、少しケアしてもらえば楽になるだろうな〜って時はありませんか?そんな時、面倒がられるのも嫌だし、マッサージを頼むのも大げさな気がして、結局は何もしないことはありませんか?タッピングタッチは気軽で楽しいので、頼みやすいという利点があります。今まで遠慮がちだったのが、気軽に頼めることによって、サポートしあえる関係が深まることが多いのです。

 また、タッピングタッチは肩甲骨の内側の辺りから始めるのですが、この辺りはふれられても違和感のおこりにくい場所のようで、してもらうことに抵抗を感じる人は少ないようです。そして、面と向かい合わないので、対人的な不安がある人や、人に自分のことを話すのが苦手な人でも、気楽にしあうことができます。

お互いが元気になる

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 タッピングタッチは、肩たたきやマッサージとは違って、力を入れずに軽くタッチするだけですから、していて疲れることはほとんどありません。どちらかと言うと、リラクゼーション効果などで、いつまでもしていたくなるような感じになることもよくあります。する側の人も基本的には同じ効果を受けるので、しあうことによってお互いが元気になります。

 また、タッピングタッチは簡単で気持ちよいので、周りの人たちに教えて、楽にしてあげたい気持ちがわいてくるようです。例えば、学校でタッピングタッチを習ってよい経験をした生徒が、友達や家族の人に教えてあげるようなことがよくあります。講演や研修で習われた方が、帰ってさっそく、病気や元気のないお友達などにされることも度々起こっています。

ホリスティック(全体的・統合的)ケアへ

 最近、「ホリスティック医療」とか、「ホリスティック教育」という言葉を聞くようになりました。対処的・部分的なあり方をやめて、全体的な視野を持ち、統合的な働きを大切にしようというものですが、タッピングタッチは色々な意味でホリスティック(全体的・全人的)です。

 一つには、先に説明したように、タッピングタッチをし合うことで、お互いが元気になっていきます。このことは「ホリスティック」なあり方を考える時にとても大切なことで、「治す人」と「治される人」がいるという古い形ではなく、役割が違うだけで「癒しあう関係」がそこにあるだけなのです。

 これまでのあり方では、「誰かが誰かにしてあげて、エネルギーとかリソースを浪費してしまい、やればやるほど疲れてしまう」というパターンがよくあります。その上、受ける側は「治す人」や薬などに依存してしまいがちで、本当の健康や心身の自立を得ることが難しくなってしまいます。そんな中で、タッピングタッチは「しあっているうちに、お互いが元気になる」というあり方を通して、とても大切なことを教えてくれます。

こころと体に働きかける

 また、タッピングタッチは一見「肩たたき」や「ボディワーク」のようにも見えますが、心身共に働きかけ、元気になっていくきっかけを作ってくれます。ここでは「心身共に」と言うところが大切なのですが、「こころと体は本来密接な関係にあり、別々には考えられない」というホリスティックな考え方と合意します。西洋思想の影響を受けて、精神(こころ)と身体を個別に取り扱い、それぞれの専門家が部分的に治療しようとしてきたところに限界が見えてきたわけですが、タッピングタッチはこのことにも光を当ててくれるようです。

エンパワメント(Empowerment)

 タッピングタッチは、外から力を加えて何かを変えたり治そうとしたりするのではなく、軽いタッチとリズムによって、元気になろうとする内なる力(自己治癒力)を目覚めさせるような働きをします。どちらかと言えば、硬くなったり鈍くなったりした心身に対して「元気だそうネ」とか「ぼちぼち起きるかい?」とやさしく呼びかけるような感じです。ホリスティックな視点からは、一人一人の中に必要なリソースや元気になる力があり、それが充分に発揮できるようにサポートすることをエンパワメントと呼び、一番好ましいと考えますが、タッピングタッチはそれそのものです。

コミュニティ全体の健康

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 本来、家庭やコミュニティ(社会)に調和があり、澄んだ水と生きた食べ物があり、信頼と感謝のある人間関係が豊富であれば、そこに住む人達は喜びと健康を満喫できるはずです。もちろん自然の一部として災害もあれば病気などもあるでしょう。でも、信頼して助けあえるコミュニティであれば、お互いの能力やリソースを持ち寄って乗り越えていくことができるのです。

 「みんなで手伝いあって、楽しくやろう!」という感じを形にしたようなタッピングタッチは、そんな理想的な世界を開いていくための一つのツールになることを願って考案されました。タッピングタッチの心地よさと効用を多くの人が知って、多くの人たちがし合うようになると、人や家族が元気になると同時に、コミュニティ全体に活気や元気が戻ってくるでしょう。

 ホリスティックなコンセプトの中には、こころと体だけでなくコミュニティや地球全体の健康まで含まれるわけですが、タッピングタッチはそういうレベルまで働きかけていくポテンシャル(可能性)を持っていると確信します。

様々な分野での専門的な利用も可能

 世の中には、たいへん役立つものでありながら、専門家しか使えないものであったり、難しいトレーニングが必要であったり、高い値段がついているものが多いのです。その為に、コミュニティや社会までを元気にしていくような働きを持ったものが少ないのが現状です。

 ですから、タッピングタッチは考案と開発において、効果的で役に立つものでありながら、誰でも学んで、し合えるものであるように工夫されてきました。営利を目的としたものになって、特定の人にしか役立たないようなことにならないような考慮もされています。

 その副産物として、タッピングタッチは誰でもできるシンプルなものでありながら、専門的にも利用できるという特性がうまれました。その為、タッピングタッチは一般での利用に加えて、心理、教育、医療、看護、福祉などの専門分野での利用が広がっています。

 一般的に使うには特別な知識やトレーニングを必要としないのですが、専門家が適切な講義や研修を受けることで、ケアの方法としての効果的な利用が可能になるのです。

 「誰でもできながら、専門的にも利用できる」というと、少し分かりにくいかもしれませんが、比喩的に説明すると、タッピングタッチは「話すこと」や「聞くこと」のようなものです。「話すこと・聞くこと」は、障害がなければ誰でも出来ることですが、心理療法やカウンセリングなどでは専門的に心の病を治すことに利用されます。基本的な行為は同じですが、どのように話し、どのように聞くかによって効果や結果が違ってきます。タッピングタッチも、誰でもできるシンプルなものですが、専門的に応用するとさらに効果的になるのです。

本来の治癒能力と自然な営みとしてのタッピングタッチ

 タッピングタッチは、治癒的効果があることが立証されている技法を、統合することによってできたものです。でも、「相手の背中を左右交互にタッピングする」という行為は、日本では誰にも親しみのある「肩たたき」にとても似ています。

 また、赤ちゃんをあやすときの仕草やリズムにも似ています。実際タッピングタッチをしてもらいながら、幼い頃のなつかしい安らいだ感覚を思い出すことも多いようです。子宮内の鼓動音の治癒的効果(リラックスなど)が研究されていますが、タッピングタッチのリズムや響きはそういうものとも関連しているようにも思われます。

 私の仮説としては、タッピングタッチに含まれる動作やふれあいは、私達人間のみならず多くの動物にとっても自然な営みではないかと思うのです。人間を含む多くの動物たちは、このような行為を通して、お互いに心身のバランスを取り戻し、健康であることをサポートしあって来たのではないでしょうか?社会が近代化されるにつれて、人はふれることをやめ、身体的にもかまいあうことをしなくなり、自然な癒しあいの機会を失ってきました。そして、本来持ちあわせている癒しの能力や無意識の働きまで忘れ去ってしまったのではないでしょうか?

 「ふれあい」には心のふれあいもありますから、身体的なふれあいだけが必要なわけではありません。でも子供も大人も老人も、やっぱりスキンシップ(肌のふれあい)は気持ち良いのです。そして、お互いにケアしあうことは、ほんとは誰にとっても、年齢に関係なく、とても大切で必要なものなのだろうと思われるのです。タッピングタッチは、私達人間が、安全にふれあい、お互いをケアする簡単な方法を提供してくれるのです。

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