2025年1月、久保さんは初めてオンラインでタッピングタッチの体験会を開催しました。参加したのは医療や介護の現場で働く17人。画面越しとは思えない、あたたかい時間となりました。ここにたどり着くまでには、長い時間と多くの経験がありました。
看護師として働きながら、思春期の息子さんを育てていた頃、久保さんはタッピングタッチと出会います。けれどその後、息子さんを亡くし、ご自身も三度の大きな手術を経験しました。体も心も深く傷つきながら、「なんとなくいい」と感じるタッピングタッチを、自分に、そして訪問看護の現場で静かに続けてきました。
でも、それをうまく言葉にすることができないもどかしさを抱え、インストラクターとして伝えることができないまま、時が過ぎていきました。
そんな久保さんが今回の体験会を実現できたのは奄美へ帰郷後の「言薬!(ことぐすり)
「インストラクターとして形に、言葉にしてみたらどうか」とタッピングタッチにも関心を寄せてくれた大坂先生が声をかけ、申込窓口まで引き受けてくれました。
五感で届ける、オンライン体験会の工夫
体験会に向けて、久保さんは約5か月をかけて準備を重ねました。
奄美の自然の音や風景を動画におさめ、参加者が集まるまでの時間や休憩中、そして『腕だけ散歩』の時間などに流しました。
「伝えたいことがたくさんあったんです。でも、それだけでは届かない」
これまで出会い、一緒に学んだ仲間たちのアドバイスも受けながら、ただ「伝える」のではなく「伝わる」ことを大切にして、スライドを丁寧に作り上げていきました。
体験前後の変化を感じやすくするため、簡単なアセスメントシートも使いました。
終了後のシェアタイムでは、それぞれが自分の言葉で感じたことを分かち合い、共感や気づき、深い学びの時間が生まれていました。
病と喪失の中で見えてきた、やさしさの意味
久保さんがタッピングタッチに出会ったのは、大阪で看護師として働いていた頃です。初めては大阪府看護協会の研修会で中川祥子(事務局長)さんから、その後、中川一郎さん(開発者)からも直接学ぶ機会を得ました。
「なんてやさしいふれ方なんだろう」
そのときの感覚は、これまでの看護を振り返るきっかけにもなったそうです。その後インストラクターとなり、訪問看護の現場や家庭でも自然と使うようになりましたが、思春期の息子さんは「させてくれなかった」といいます。
そしてその翌年、病を持っていた息子さんはこの世を去りました。
「タッピングタッチをしてあげたかった」という想いを抱えながら、自分自身の大きな病気や手術も経験。
息子さんにできなかった分をというわけではないけれど、自分にタッピングタッチをして、つらい時期を乗り越えてきたそうです。
自分にやさしくあるために
療養中、久保さんはオンラインで学べるさまざまな勉強会に積極的に参加しました。
ノンバイオレント・コミュニケーション(NVC)は、自分の中にある「本当に大切にしているもの」の理解に役立ちました。
ポリヴェーガル理論は、人がどうやって安心やつながりを感じるのか、その仕組みを教えてくれました。
とくに、哺乳類だけが持つ「腹側迷走神経系」が、表情や声、やさしいふれあいを通じて安心感をもたらすことを知り、これまでのタッピングタッチの体験とつながっていったそうです。
「そうか、これだったのか」
中川一郎さんがインストラクター研修で話していた「サルのグルーミング」も思い出し、知識と実感が結びついた瞬間だったと振り返ります。こうした学びを通して久保さんは、自分が「自己一致」していなかったことに気づき、自分への慈悲とマインドフルネスを大切にするようになります。
そしてタッピングタッチのマインドフルネスについて、「身体性とセルフコンパッションが合わさっている」と表現していました。これは、かつて感じていた「なんとなくいい」という感覚の、久保さんなりの言語化のひとつですね。
少人数で、ゆっくりと、自分のペースで
現在、久保さんは奄美大島で週に3日ほど看護師として働きながら、毎月第3土曜日に「タッピングタッチ基礎講座A」を開いています。
2人ほどの少人数で、安心できる場を心がけています。
引きこもりの子を持つ母親、人と話すことが苦手な方、そして医療や介護の現場で日々がんばっている人たちに、久保さんはそっと声をかけ、自分のペースで届けています。
「今年は少人数で、ゆっくりと。参加してくれる方のためでもあるし、リハビリ中の自分のためでもあるんですけどね」
無理をせず、焦らず、それでも確かな歩みで。
久保さんの活動はこれからも、やさしく広がっていきそうです。
インタビューを終えて
久保さんの言葉一つひとつには、静かだけれど揺るがない強さと、深いやさしさが満ちていました。
タッピングタッチは、ただ相手や自分をケアするだけでなく、慈しむ方法でもあります。
そして、その穏やかなふれあいは、「今ここ」に意識を向けるマインドフルネスへと、私たちを優しく導いてくれます。
この実践は、他者や社会、自然そして地球全体と調和しながら生きる、ホリスティックな在り方へとつながっていくものです。
身体を通して気づきを得ること。
自分にやさしくふれること。
その一つひとつの積み重ねが、自分への慈悲となり、やがて安心と深いつながりを育んでいく――。
久保さんのこれまでの歩みが、まさにそれを物語っているように感じました。
あなたも、自分にやさしくふれ、マインドフルネスな時間を過ごしてみませんか?